隣のおばあちゃん(主人の母)から手づくりの干し柿をたくさんいただきました。今シーズン第1弾だそうです。
干し柿って、日本人の庶民の知恵エキスがぎゅーっと凝縮された伝統食だなぁって思います。肥料も農薬も必要ない渋柿の実を、皮をむいて軒下に干すだけで・・・
えっ、これがあの渋柿?ってくらい、甘ーい、しわしわのデザートになっちゃううんですからね。よく考えると、不思議でしょうがない食べ物なんですよねー(*゚▽゚)ノ
若い頃は、好んで食べたいとは思わなかったけれど、最近、なんだかこういう手間ひまかけた物が、やたらと貴重に思えるようになってきて、心からありがたいなあと思いながら、いただくようになりました。
主人の母は、ずっと専業主婦で、干し柿みたいな、お金はかからないけど、手間はかかるよ、みたいなもの・・・食べるものでも、着るものでも、お花でも。物に対して、とても丁寧に接するんですよね。嫁いでから、とても影響を受けました。
母は自覚してないけど、母の作るお惣菜は、丁寧でおいしいので、見習いたいし、子供たちに受け継いで欲しいなあと思います。
私は、そんな丁寧な仕事はできないので、そういう部門は隣に担当してもらいたい。それが正直な気持ちです。
で、前置きが長くなりましたが、「批判」への上手な対処法の続きです。
「批判」されたとき、あなたの心に何が起こる?傷つかない前向き対処のコツ、教えます!
で、前回は、批判されたときの反応で「逆上する」パターンの人を書きました。
今回は【落ち込む】K子さんの場合です。---
「この封筒の宛名、間違ってるよ」
アルバイト先でひと言注意されただけで、K子さんはたちまち落ち込んでしまいました。
ミスをした自分を責め、一日中ブルーな気持ちになったのです。
ふだんなら、そこまで気にしない。
でも家族の問題など心配事が相次ぐ状況で、K子さんは足元がぐらぐらするような不安の只中にいたのです。
「もう少していねいな字が書けないの?」などと言われようものなら、クビにされるのではないかと思いパニックに。
バイト先を失うのが嫌だというよりも、自分が必要のない人間と宣告されるような恐怖がありました。
ちょっとした指摘なのに、自分で自分をどんどん責めてしまう。
バイト仲間と喫茶店に行って、会話が途絶えただけで、自分は嫌われているんじゃないかと感じてしまうほどです。
●その奥にあるのは?
私はダメなのでは、という気持ちが奥にある状態のとき、誰かからの批判はこの自己否定感をふくらませる格好の「材料」になります。
具体的に否定されたことをどうするかよりも、「やっぱりダメなんだ」という気持ちばかりが大きくなる。そして「拒絶された」「見捨てられてしまう」と不安に・・・。
つまり、批判=「否定・拒絶」のメッセージとして受け取っているのです。
このパターンにはまっているときは、実際の言葉によって傷つくのではなく、自分で自分を傷つけています。
相手から拒絶された、自分を前面的に否定された、と思い込むことで。
批判は拒絶でしょうか?全面否定でしょうか?
実際は、相手があなたに関心があるから指摘しているのです。
存在を否定したい相手に向かって、意見をいう人はいません。
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